ご近所づきあいと大家族

■ご近所づきあいに求めるもの
 地域コミュニティの必要性は、いろいろな観点から言われていると思う。防犯のようにわかりやすい必要性から、人と人とのふれあいがある温かい暮らし方といった情緒的な必要性まで。
 私はといえば、たぶんごく一般的な感覚の持ち主で、一人暮らしや夫婦二人暮らしのときには、地域とのつながりを求めてはいなかった。せいぜい大家さんと仲よくしていれば事足りたのであって、誰かに助けてほしいときは身内や友だちを呼べばよかったのだ。
 そして、子どもができて、地域のありがたさを始めて知った。お隣さんに子どもがいたこともあり、子どもを預けあったりするのが、ほんとうに助かった。地元の公立小学校に子どもを入れたこともあり、商店街で知り合いに会うのも、嬉しい経験だった。
 ご近所づきあいはいいものだなあ、地域の小学校というのはコミュニティの中心となりうるなあ、というのが実感ではある。
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 ただ、つきつめて考えると、ほんとうにご近所づきあいがそんなにいいものなのか、小学校を中心としたコミュニティが地域の核となるのか、疑問にも思えてくる。
 そもそも、人づきあいはめんどうくさいもの。それに、友だち関係のような温かさをご近所一般に求めるのは、話が違う。
 助け合いのために必要とは言うけれど、地震などの緊急災害時の助け合い精神については、多くの事例が示しているように、私たちの社会はいまのままでじゅうぶんだと思う。それではふだんのささやかな助け合いのために必要かというと、日常的な助け合いには「他人様」は巻き込みたくないというのが、一生活者としての私の本音だ。つまり、子どもが熱を出したときなどでも、ほんとうに頼りになるのは身内か親しい友人であって、「ご近所」ではない、ということ。
 ほんとうにほしいのは、親しいご近所づきあいではない気がする。同じ家のなかに、大人が夫婦のほかにあと数人、ほしい。もちろん子どもも。いわゆる3世代同居であれ、違うかたちの大家族であれ。それで、多くのことは解決しそうだ。
 近所に住む他人とは、顔をあわせれば「こんにちは、風邪が流行ってるけど、お子さんは元気?」とにこやかに声が交わせて、ゴミを出すときに「近所が見ているから」と気にすることできちんと出せる程度がいい。長期間留守にするときに、「留守にしますから」と一声かけておけばほっておいてくれる程度がいい。
 地域に血縁関係はほとんどなく、他人同士が寄せ集まっている住まい方は、今後もそれほど変わらないように思う。いくつかの家族が集まって暮らすコミュニティハウスのような方向性ももちろん可能性が高いけれど、私はやはり、ひとつの大きな家族でひとつの家に住む暮らし方の方向性を考えたいのだ。
                    
■祭りの意味
 最後に。私はこの2月に秋田に行って、なまはげのお祭りを見て来た。このところ、暮らしの中に神や祈りがあることの(宗教的な意味ではなく、暮らしの豊かさ、暮らしの軸としての)価値を考えているせいもあるからか、お祭りが地域をつなぐ力にあらためて感心した。それは、「私は部外者だ」という物足りなさを強く感じたためもあるかもしれない。
 私の住む茅ヶ崎にも地域ぐるみの浜降祭という大きな祭りがある。ただ、私が住んでいる町はかつては松林だった地域なので、伝統ある神社がなく、祭りに参加しにくくも感じている。
 小さな物ひとつにも魂を感じ取る私たち日本人が、失ってしまった風土(それは八百万の神々を意味する)への帰属心をどう取り戻すのか。コミュニティの問題は、じつはそんなこととつながっている気がする。

(辰巳 渚)

駅から降りたときの気持ち

■ほっとする風景
 私が住んでいる街は、JR東海道線の茅ヶ崎駅を使う。北側は、大型小売店やらディスカウントストアやらが立ち並び、バスやタクシーが時間待ちで並び、市役所もありスターバックスやツタヤもある、比較的にぎやかだけれども、なんの変哲もない郊外駅前ロータリーなのだが、私が住んでいるのは南側。
 やはり何の変哲もないさびれたような駅前で、ぽかっと開けたロータリーにはモニュメント、ミモザのような花をつける(たぶんアカシアの一種だろう)大木と、放射状に広がる地元密着型の商店街がある。
 ところが、これがおもしろいもので、仕事から帰って駅に降り立ち、南側のロータリーに出て、「ミモザのような花をつける木」(長ったらしいが、心のなかでこう呼ぶ習慣がついてしまったのだ)とモニュメントの上にある時計(朝は、この時計をにらみながら駅に駆け込むわけ)を見ると、ほっとするのである。
「帰ってきた」「私のテリトリーだ」という感じ。
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 きっと、どのような駅前であっても、そこに住まう人たちには「ほっ」と目を留めるなにかがあるのだとは思う。それが、「住む」ということであって、自分の生活が根を下ろしている街、買物したり駅まで歩いたり食事をしにいったりするなかで、目に見えないけれど確実なマークをつけてある街だから、駅前に、心のなかでもっとも目立つマークを持つ。駅は、点ではあるけれど、「私の街」と「世間/そと」との境界(線)なのだ。

■駅前のマーク
 さて、ところが、私が住人として住んだ街を思い起こすと、この境界上のマークをもう思い出せないところと、はっきり覚えているところがある。JR阿佐ヶ谷駅の商店街の入り口にある看板と並木道は、いまも懐かしい思いさえするマークだった。
 すぐに駅の名前を思い出せない、京王線沿線のある街では、なぜか踏み切りだった。電車で帰ってくる都合上、駅ではいつも踏み切りの音(なんと言うのだろう、警戒音というかカンカンカンというあの音だ)を耳にしていたことも関係あるかもしれない。
 小田急線沿線のある街、東急田園都市線沿線の街は、どうも思い出せない。いま、茅ヶ崎駅の北口を思い出すときに、イトーヨーカ堂のハトのマーク(いまはセブンイレブンホールディングスになっているが)を思い出すように、東急系のスーパーマーケットのマークが思い浮かぶくらいだ。それも、記憶なのか想像なのか、区別がつかない。
 街の開発が、駅の開発とセットになることが多い以上、駅前の大型ショッピングセンターは必須なのかもしれない。けれど、その圧倒的な存在感というか、圧倒的な広告力によって、そのほかのささやかな、人が眼と心を留めたい物の存在感を失わせてしまう。
 これは単なる思い付きなのだけど、いま各地で問題となっている郊外大型ショッピングセンター建設と、駅前商店街の衰退も、立地だけから言うと「そういう共存もありなんじゃない」とさえ思ってしまう。大型ショッピングセンターは、ある種隔離された空間にあったほうが、ふさわしい気がするのだ。
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 かつて、家路につく、といい、家の明かりをみてほっとすると言った。私がどう感じているか、よくよく考えてみると、家の明かりをみたときよりも、自分の駅に降り立ったときのほうがほっとする。駅の改札を出たときに、オンのモードがオフに切り替わる。
 駅は駅であればいいのだけれど、もう少し、と思う

(辰巳 渚)

おいしいパン屋がある街は住みやすい

■住みやすさの条件
 なんでも「○か条」とかにしてしまうのは、魅力的ではあるけれど危険なことでもある。なぜなら、それはすぐに紋切り型になり、それ以外のあいまいで奥深いゾーンへの関心を失うことになりかねないからだ。
 でも、「○か条」のように洗い出し作業をすることで、もやもやとした感覚がすっきりした視点として整理できるのも事実。つまりは、この作業は、結果として「学ぶ」側には面白みが少なく、結果まで到達する側にはめくるめく快感のある作業なのだと思う。
 と、前置きが長いのだが、要は「そっか、住みやすい街の条件として『おいしいパン屋のある街』という条項があるな」とわかった、という話だ。
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 「住みやすさ」とは、数値化しにくいものだ。どんなことでもそうだが、人と世界との関係性には、レベルがある。生物学的レベルにおいては「生きられる」--たとえば、雨に当たらない、清潔である、最低限の居住面積が確保されている、トイレがあるといったこと--、人文学的レベルにおいては「住める」--たとえば、隣とのプライバシーが保たれる、生活に必要な商店がある、道路が整備されているといったこと--。これらのレベルは、数値化しやすい。たとえば、「国富」がGDPや国民の数といった数値では計りやすいように。
 では、「住みやすい」の内容はなんだろう。いわば哲学的レベルのことは、人それぞれでもあるし、「気持ちいい」「くつろげる」は数値にできない。「便利」でさえも、なにがどう便利かは、このレベルにおいては数値とはイコールではない。駅から徒歩5分が便利なのか、駅から徒歩30分でも犬と散歩したい海岸へ徒歩2分のほうが便利なのか、毎日食材を買うスーパーまで車で5分が便利なのかコンビニまで徒歩1分が便利なのか……。

■「パン屋」の意味
 ところが、「パン屋」という指標は、なかなか有効なのだ。おいしいパン屋があるとは、ただ「○○というパン屋が徒歩圏にある」という話ではない。
 それは、パンだけでなく食生活にそれなりに心をかけている人が住んでいることを意味する。東京圏であれば、新宿や銀座のデパ地下で「おいしいパン」を買って帰るのではなく、地元でこまめにパンを買いたいと考える人が住んでいるということも。ということは、住生活や地域での暮らしに、それなりに心を注いでいる人が住んでいる街ということだと思う。そして、おいしいパンというのは作り手の意識も高いものであって、そういう作り手が店を張る地として選んだということでもある。
 こういう単純だけれども、その意味するところが幅広く豊かな指標が、ほかにもいろいろあるはずだ。本来なら、「いごこちのいい公園がある」も、その指標となるもののはずだけれど、公園に関しては形だけの児童公園を役所がせっせと作ったりしてきた歴史があるために、指標とはならなくなってしまったのが残念だ。
 付け加えておくと、「小学校が街のなかの一等地にある」というのも、なかなかいい指標だと思うのだが、いかがだろうか。

(辰巳 渚)

高層マンションに住む

■高層の意味
 中南米のある都市はあまりに高地にあるため、低いところに上のクラスの人間が住み、高いところに低い階層の人間が住むという。
 そんな都市の様子をテレビで見たのはまだ20代のころだったけれど、なにかぐらっとするような価値観の転換を覚えた記憶がある。
 ちょっと違うけれど、エホバの神を由来とする宗教では「地獄」は火のイメージだが、それは砂漠という灼熱の地で生まれた宗教だからだ、という。寒い地域の宗教では、地獄は氷のイメージなのだ。では、仏教には熱い地獄と寒い地獄があるけれど、あれはどういう経緯なのか。仏教ではいくつかの民間信仰を取り込んでいったというが、その過程で地獄のかたちもいろいろになっていったのか。人は、どちらの地獄にも恐怖を覚えられるものなのか。
 考えると面白いのだが、話を「住まい」のことに戻そう。高層マンションだ。
 あれが「いいもの」という感覚は、なにに由来するのだろう。
 私たちの文化では、高いところが権力に結びつくからなのか。でも、1965年生まれの私でも、東京タワーや新宿の高層ビル群は見慣れたなかで育った。上から見下ろす街や人はちっぽけに見えるからおもしろかったけど、それだけのことだった。10階建てのマンションも、珍しくはなかった。団地の5階に住む友だちには、「階段の上り下りが大変だね」と同情した。
 高いところはあたりまえにあったから、上から見下ろされても「私は下?」と嫌な感じなんてしない。 
 それとも、ホテルのイメージなのか。もともとホテルでは最上階がスイートだったりして、上に行くほどいい部屋という場合が多い。いま、部屋のデザインも「ホテルみたいに」と発注する人が増えているというから、ホテルに関する感覚と住まいに関する感覚がごっちゃになっているのだろうか。
 それとも、技術の粋ということか。高い技術を生かした場所に住むというのは、それなりのステイタスなのか。
 いずれにしても、「高層マンション」という住まいに関するイメージを取り払って、ごく素直に住環境としてその場にいようとするときに、生の体をもった生き物として、住みやすさを感じられるかどうかはかなり怪しいように思う。そして、すでに育児環境としての検証をはじめ、各種の実証はなされているのだ。

■慣れと感覚
 私は、人がどのくらいまで生体としての我慢ができるのか、わからなくなることがある。通勤だって、慣れてしまえば苦痛はほとんどなくなったけれど、慣れるのは自分のなにかを殺すということなんだなあと恐怖したことがある。慣れてしまえる人は幸せなのか、慣れられずに逃げ出す人が幸せなのか。イメージによって自分の感覚を遮蔽できる人が強いのか、自分の感覚がイメージを覆せる人が強いのか。くどいようだけれども、住宅の話である。

(辰巳 渚)

マンションか戸建かの問い

■マンションか戸建か
 マンションといえば土地が少ない都市や都市近郊の住まい方、という感覚はだんだんなくなってきているような気がする。なぜなら、いまどきは地方都市の郊外でも、下手すれば地方の小さな町の駅前でも、マンションが林立する時代だから。
 同時に、都心だって10数坪の土地に狭小住宅を建てることができる時代だ。そう考えると、マンションか戸建かという選択は、単なる「好み」の問題と言い切ってもよさそうだ。アパートについては、借家か持ち家かという話に組み込めそうなので、今回はマンションか戸建かの「好み」について考えてみよう。
 私自身の住歴は、0歳~12歳で地方都市郊外の100坪くらいある戸建、12歳~26歳は東京郊外(多摩地区だ)の3LDKマンション、その後は一人暮らしで27歳で都心の古い木造家屋の2階に下宿、次に都心の幹線道路脇の2DKマンション5階、東京郊外のおしゃれな町でテラスハウス(1階2階が使えて2DK)、今に至るまで住んでいる街・茅ヶ崎市の安普請のアパート、結婚して築80年の木造平屋、その後あたりまえの木造モルタルの戸建、そして7年前から現在の「レトロモダン」と感想を言われることもある2階建ての木造モルタルの戸建、という変遷だ。
 こうしてみると、まあ、いろいろな住まい方を経験してきているなあと思う。
 この変遷のどこかの時点で、「そのときどきの自分のライフスタイルや心身の状態にあった住まい方ができればいいや」と納得するようになった。あたりをつけるなら、4、5年前からだろうか。
 マンションのよさは、よく言われるように、セキュリティ面、家のメンテナンスのしやすさ、戸建のよさは「地面の上である」こと、地域とのつながりを感じやすいことなどがあるだろう。デメリットと考えられることについては、あえて書かない。

■「好み」は変わる
 私は自分の経験から、どの家も自分らしく住みこなせるし、どの家もよい点と困った点があると思っている。どの家に住んでも地域とつながれるし、便利に生きられるとも思う。住みこなせるか、困った点を笑って済ませられるかは、その時々の個別の状況に左右されるものであって、「私」という個人の動かしがたい個性や好みの問題ではないのではないかしら。
 要は、「私」の好みなんてけっこう変わるものだし、そもそも人の好みは意外に一貫性もないさまざまな面があるものだし、「マンションがいい」「戸建がいい」とか「マンションはおしゃれ」とか「戸建こそが暮らしだ」とか、「家は一生の買い物」とか「終の棲家」とか(何でもいいのだが)、決めてしまわないほうが、気持ちよく暮らせると思うのである。
  じゃあ、高層マンションと低層型のマンションでは?
 じつはここにこそ、都市居住の「好み」で済ませてはいけない問題があると思うのだが、それは次回に。

(辰巳 渚)

居住地を選ぶ視点②

■「新陳代謝」がなされている街は住みやすい
 以前、地方都市の商店街活性化のプロフェッショナルから話を聞いたことがある。その人に、「活気のある商店街とは」と訊いたときに、明快な答えが返ってきて、その答えはその後ずっと私がものを見るときのひとつの視点となってくれている。彼は、「活気のある商店街とは、適度に新陳代謝がなされている商店街です」と言ったのだった。
 なるほど!そのとおり。老舗ばかりが軒を連ねていてもおそらくその商店街は硬直していくだろうし、あまりにも入れ替わりが激しければその商店街は疲弊するだろう。もちろん、入れ替わりもできないほどに活力を失って「シャッター通り」となってしまう商店街は、疲弊どころか終焉さえも近いと言える。
 この視点のいいところは、「新陳代謝」という表現なのだと思う。その商店街全体をひとつの生き物として考えたとき、商売に意欲を失っていたり、その商店街についている客層と好みが違う品揃えにこだわっていたりする商店は、いわば「老廃物」として代謝されたほうがいい。そして、新しく商店街にとって栄養となる商店が入ると、また商店街全体に活気を与えてくれる。人の体も同じだけれど、人の営みをもまたひとつの循環系として捉えると、このような明快な視点が得られるように思う。

■住宅街の「新陳代謝」
 さて、住宅街。住宅街もまた、同じように言えるのではないだろうか。「活気のある住宅街とは」「住民が暮らしやすい住宅街とは」というときに、「適度な新陳代謝がなされている街です」という視点で考えてみよう。スクラップアンドビルドと嘆かれる現在の多くの住宅地では、新陳代謝とも呼べないスピードで住宅が入れ替わっていて、活気や住民意識が育ちにくいし、街並みもまた成熟する時間がない。地方の古い住宅地のリフォーム事例などを見ていると、住民はほとんど入れ替わらない(せいぜい世代交代くらい)で、いきなりピカピカのプレファブ住宅がどーんと建っていたりするのだが、これも「新陳代謝」という目で見ると、「なにかが変だ」と見えてくる。
 気持ちのいい住宅街とは、私にとっては、全体の9割は「前からあったらしいな」と思わせる古さを備えており(厳密に築年数で計れるものでもないと思う)、1割は「新しく建て替えたか、新しい住人が来たんだな」と思わせる新しさを備えているような街だ。そしてその新しさには、「この街が好きで、ここに来たんだろう」と思わせる、「古い住宅や住人」と通底する雰囲気があるといい。付け加えれば、よい新陳代謝が行われるには、本体がまずなによりも生き生きとしていたほうがいいわけで、なかなかむずかしいことではあるのだが。

(辰巳 渚)

居住地を選ぶ視点①

■連載にあたって
 「住む」ということを考えるとき、私は、私たちがあまりにも「住宅の確保」と「住まう」ことを同一視してきたことが悲しくなる。それは、戦後、いやもしかしたら明治以来の人口移動において、都市に住宅を確保することが困難だった歴史がもたらしたものなのだけれど、いまやその違いはかなりの言葉を尽くさなければ理解されないことになっている。こう書いている私自身も、自由業の不安定さから、住宅だけは借金をしてでも確保したいと画策した時期がある。

 さて、言うまでもなく、住むことは、ただ家を手に入れることではない。通勤や通学の便を考えることだけでもない。その土地と縁を結び、その風土や地域社会のなかで自分の人生を築いていくということなのだ。現在、政府は「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」ということを言っているが、その柱には実は住宅の問題が大きく関わっているとも思う。家に帰るのに2時間かかるか、30分で住むかは大きく違うし、一方で家にいるときに住環境を楽しめる家と、家に閉じこもるかレジャーに出かけるかしかない家とではやはり違うのだ。
 この連載では、都市あるいは都市近郊に住むときに、私たちはどのような視点で都市を見、そこに住宅を構えることができるのか、を考えていきたい。

■居住地選択とは
 居住する地域を選ぶ時、多くの人は通勤、通学の便を考えるだろう。または、その人にとって重要なポイントにおける利便性を考えるだろう。ある私の知人は、子どもを育てることを考えて、両親の住む家と勤務地との中間に家を買い、通勤に2時間をかけることを選択した。一方で、このところのずっと続くトレンドとしては、かつて郊外に持ち家一戸建てを購入し、子育てを終えたシニア世代が、都心回帰する傾向がある。戦後の新しい世の中の枠組みの中で、ようやく「住宅は一生ものではない」「居住地はライフステージによって選択していけばいい」という感覚が育ってきたように思う。
 言い方を変えれば、「いま住みたいところに」「いま住めるところに」住宅があればいい、と考える軽やかさが受け入れられてきたと言える。これは、住宅を個人のストックと捉える視点から、社会のストックと捉える視点への転換とも言えるだろう。

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郊外の戸建住宅地と都心のタワーマンション

(辰巳 渚)

豊洲の価値をはかる(4)街のスタイル-2

■評価3―何のための歩道?
 人が過ごすための場となっている表参道の歩道や、通路としての機能に徹している秋葉原の歩道を見た目で豊洲の歩道を見ると、なんとも中途半端である。とりあえず自動車用道路は何車線も確保した。歩道もゆったり取らねばバランスが悪い、車にやさしいなら人にも、といった風情だ。休日ともなれば、歩道を多くの人が行き交うのか。通路として、朝夕に駅やバス停に通う人の流れと、昼間や休日に商業施設に行く人の流れくらいか。しかも、歩いても別に楽しく感じないのっぺりした作りなのだから。
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左:写真を撮っている歩道を後方に進めば、ららぽーとがある。街路樹だけはたっぷりと植えられている。この街路樹が大きくなれば、それなりに立派な景観にはなるだろうが‥‥
右:さすがに、いたるところにガイドマップがあって、だいたい迷わずに歩ける。しかし、普通の都市部の歩道の倍はある歩道

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歩いて楽しい商店街はどこに?と思ったら、ショッピングモールの中にあったのだった。いま流行のやり方とはいえ、街路の無機質さとシンクロする無機質な商店街。縁日のようなショップでさえ、嘘っぽさありあり。

■評価4-「島」の交通は課題
 住民が一気に増え、しかも「島」であることから、交通が将来の大問題になることはすぐわかる。自転車は、島のなかだけを回ることを想定しているのか。バスは、増やせるのか。地下鉄は、利用客をさばききれるのか。「足」は都市開発の際に齟齬が起きやすいが、どの程度の想定をしているのだろうか。
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左:とにかく自転車。エコないまどきの人が住んでいるためではないだろうが、たいへんな自転車の量だ。広大な歩道は、自転車の人が多いことを想定していたのか。
右:広大なバスターミナル。路線はこれから増やすことを想定しているのか。だだっぴろいだけでは、交通の便が使いやすくなるわけではないのだが。

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行き先を見ると、「ここは都心なんだ」と感じさせる。東京駅八重洲口行きと丸の内口行きもある。乗ってみたら、八重洲口まで30分以上もかかってしまった。

(辰巳 渚)


豊洲の価値をはかる(3)街のスタイル-1

■ニュー下町ファミリーの街
 豊洲は、新しい街だ。街はみごとに格子状であり、道路幅は広く、街路樹は規則正しく植えられ、輝くビルが立ち並ぶ。それなのに、歩いてみるとそこはかとなく庶民っぽい。「勝ち組」の六本木ヒルズとは違うだろう、とは当然ながら、東京山の手の新興住宅地にあるような、中流気取りっぽさはない。生活密着型、東京下町リアルライフの風情が、作りかけのほやほや状態であってさえただよう。
 ベビーカーを引き引き、「今まで家事をしていました」というスタイルで歩く若い夫婦。ショッピングセンターの自転車の山。自動車ではなく、ベビーカーと自転車の街なのだ。カフェテラスには、若いお母さんたちがおしゃべりしながら子どもを遊ばせている。ららぽーとは、巨大な井戸端だ。人から見られることを、ほとんど意識していない場なのだ。
 この下町感は、地場が作り出すものだろう。東京の西側にはなくて、東側にある土地の効力だ。「銀座まで自転車で15分」も、おしゃれさではなく、「銀座に近い、新しい下町(町人の住む町・その町で暮らす人が住む町)」であることを想起させる。しかし、今の庶民っぽさ=ニュー下町ファミリーを思わせるからといって、ここでリアリティある暮らしが営まれていると認められるわけではない。嘘っぽさ、作りこまれた自然さは、この層の特徴とも言える。


■評価1―住む人のための街

 あたりまえかもしれないが、豊洲はマンション群をメインにした再開発の街だと認識した。高層マンションと、住む人のための商業施設でできているのだ。水曜昼過ぎにフィールドワークしたこともあり、行き場がないと言われている若い母親と子どもたちが、かなりの割合で見られた。
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左:ららぽーと入り口。豊洲を歩いている人 ―子連れの主婦、おひとり様の女性、ビジネスマンの黄金の取り合わせ。
右:遠くから来たというよりは、近くに住んでいる人が家族連れで歩いている印象。平日の昼間なのに、家族連れ(夫婦+ベビー)が多いことも特徴。
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左は旧市街?との境目にあるショッピングモール。右はららぽーと。テナントを見ると、いまどきの一般庶民のライフスタイルそのもの。私はこのラインナップから『オレンジページ』『すてきな奥さん』などの20代主婦向け雑誌の購買層をイメージした。

■評価2―作りこまれたナチュラル
 とにかく緑を増やそうと躍起になっている街だ。緑のない街に暮らす下町には、軒下園芸という伝統があるが、この下町では再開発の勢いに任せて木を植え続けている。しかしその「緑豊かな」街並みも、作りこまれたナチュラルさであり、これこそがいまの若い世代向けの住宅街であることの特徴だと思う。
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左:そう考えていたら、ありました、ナチュラルローソン
右:旧市街?に入ったとたんセブンイレブン。この雑然とした感じが、嬉しくもまたうっとうしくも感じた。でも住民に使い込まれている感じがある。

(辰巳 渚)