プログラムへ戻る

第2回 ハイライフセミナー
シンポジウム 「少子化に伴う家族のライフスタイル」


基調講演 「少子化とは」
 大江 守之 氏 (慶應義塾大学総合政策学部 教授)

● 背景について

 長谷川先生の話がとてもおもしろくてもっと聞いていたいと思っていたのですが、私の番が回ってきてしまいました。基調講演という何だか重苦しいタイトルになっておりますが、「少子化」という言葉が非常に多様に使われるようになったので、それをどのように理解したらよいかを、なるべく易しい言葉でお話ししたいと思います。つい、ふだんの癖で難しい用語を使ってしまうかもしれませんが、そのときは、またあとでご質問いただきたいと思います。

大江氏  お手もとにお配りした報告書の第1章を中心にお話しするわけですが、まず、「少子化」という言葉、あるいは「少子」という言葉自体は比較的新しい言葉で、最初に使われたのは1992年のこの財団の認可団体で、今日の後援にもなっております経済企画庁が発表した「国民生活白書」の中です。そのタイトルが「少子社会の到来、その影響と対応」というものでした。

 なぜ1992年に企画庁がこういう特集を組んだかといいますと、1989年に子どもが減っているということを、たぶん厚生省を中心として、社会にもっと知ってもらおうということで、「1.57ショック」という言葉を覚えていらっしゃる方は多くないかもしれませんが、「すごく子どもの数が減っています」ということを世間に問うたわけです。それを受けて企画庁が「少子」という言葉を使って、最初はあまりなじみのいい言葉ではないと思っていたのですが、急速に広まりまして、「少子化」あるいは、先程長谷川先生のお話にあったように「少子高齢化」という言葉になって、今や世の中にあふれる言葉になっています。
 厚生省も、一昨年(1998年)に『少子社会を考える−子どもを産み育てることに「夢」を持てる社会を−』という白書を出し、政策論議の方はいっそう深まってきている状況です。今回のセミナーは政策論をするものではないと認識しておりますが、厚生省の白書の中でも、少子化は決して簡単に起きてきたことではなく、社会全般の複合的な要因で起きてきているのだと認識をしています。
 例えば、厚生白書を簡単に読んでみますと、20世紀後半の経済成長の過程で進行した雇用者化、つまりサラリーマン化、居住空間の郊外化、郊外に都市が発展していく、そういう動きが行き着いて、そして、多くの国民の生活や社会の形態が豊かになった。しかし、一方で画一化、固定的になりすぎたことで、結婚や子育ての魅力がなくなって、負担感の方が増してきたのではないかと認識しています。これを政策的な立場で回復していくためには、家庭、地域、職場、学校が協力していかなければいけないとの認識が示されています。


●少子化の実態

 このように、「少子化」という言葉は近年出てきた言葉ですが、一度言葉が出てくると、その言葉によってもう一度現象を理解しなおしてみようということになってきます。今、世の中で使われている少子化の現象を示す言い方として、例えば「昔は子どもがたくさんいたのに、今は2人になってしまった」という言い方があったり、「子どもの数がどんどん減っている」という言い方があったりします。これを我々は「少子化」と呼んでいるのですが、実は、先程申し上げた1.57ショック、女性が一生の間に産む平均子ども数が非常に少なくなったということが出てきて、そこで初めて「少子化」という言葉が出てきたわけです。ですから、一番狭い意味でいう少子化とは、子どもの数が非常に少なくなっているということで、1998年は、1.38にまで減りました。
 つまり、先程長谷川先生のお話であったように、我々が子どもを2人よりちょっと多く産んでいくと、親の世代に対して子どもの世代が同じような数になっていって、長期的には人口が安定することになるのですが、これよりも子どもの数が減ってきますと、長期的には人口が減少していくということです。
 今、我々の社会が行き着いた1.38というレベルは、大まかにいいまして、一世代で親の世代に対して子どもの世代が7割に減ってしまう減り方です。そうしますと、一世代というのは25年から30年ですから、親の世代に対して子どもの世代が7割。もう一世代たちますと、0.7×0.7で0.49で大体半分ですから、祖父母の代の出生数に対して孫の世代の出生数は半分になってしまう。こういう非常に速い減り方をするような状況に来ているわけです。結果として、将来の日本の人口減少スピードをかなり速めてしまうことにつながっていく、そういう動きになっています。
 それが一番狭い意味の少子化ですが、では、先程例を挙げた「昔は兄弟がたくさんいたのに、今は2人か、それより少ないくらいしかいない」というのも、最初に使われた言葉とちょっと違いますが、これも「少子化」と呼んでいいと思います。私は、この報告書の中で、それを「第1の少子化」と呼んでいます。
 大体1950年代の前半に、日本の社会は平均の子ども数、生まれた子どもの側から見ると、平均兄弟数は、4〜5人の状態から2人という状態に変わったわけです。兄弟数が4〜5人という状態は、1920年代から1950年代の初頭ぐらいまで続いたのです。今この中にも、1930年代生まれ、1940年代生まれの方もいらっしゃると思いますけれども、兄弟が多い方は7人8人といらっしゃる方もおいでだと思います。
 以前、後輩の結婚式に出たときに、その子は1960年代生まれだったのですが、ご両親が1930年代生まれで、お父さんが10人兄弟、お母さんが8人兄弟と、すごい数でした。決して不思議ではない、その時代に生まれた方は、兄弟数としてはそういうこともありえたという時代があったわけです。
 平均的には4〜5人だったのですが、ベビーブームが終わって1950年代に入りますと急速に落ちてきて、2人という状態になりました。このときは、実は「産児制限」というかたちでこれが進みました。戦後の日本は、1945年の終戦直後は7200万人ぐらいの人口でした。1950年になりますと1000万人以上増えまして、8320万人という非常に急激な人口増加を経験しました。会場にはその時代を経験された方も少なくないと思います。1940年代後半に起きたベビーブーム、それから、海外からの引揚者がいらっしゃって、日本は急速な人口増加を経験したわけです。
 それに対して、経済的には非常に苦しい状況の中で戦後が始まりましたから、人口が多すぎる、何とか減らさなければいけないというのが社会の課題でした。今と全く逆の状況で、そのために産児制限が行われ、そして、実は中絶というかたちで進んだことがあるのですが。
 もう一方で母子保健の考え方も非常に進みまして、いろいろな政策もとられました。その中でだんだん工業化が進み、豊かさが感じられるような社会になってくるにつれて子どもが減り、それくらいでちょうどいいじゃないか、少ない子どもに多くの教育の機会を与えて、社会が必要とするような高い知識を持つ人間として育てていくことが、ちょうどうまく出会うようなかたちになりました。日本は、その後1950年代から1970年代半ばぐらいまで、子どもは2人という状態が続きました。
 ところが、1973年が第2次ベビーブームのピークだったのですが、それが過ぎ去るころから出生率が一段と下がりまして、平均2人くらい生まれていたところが、1.8ぐらいの状態に下がるということになりました。これ以降、出生率は基本的に下がりつづけてきていますし、出生数もずっと減ってきているのです。1973年は大体210万人弱生まれていたのですが、現在は120万人ぐらいになっている。
 つまり、「子どもの数はずっと減っていますね」という言い方は、ちょうど1970年代の半ばぐらいから進行した意味で、これを私は「第2の少子化」と呼んでいますが、それが「子どもの数が減ってきていますね」という言い方に当たる少子化です。そして、「第3の少子化」として、1980年代の半ばぐらいから一段と出生率が下がるということになって、今の少子化議論に火がついているという状況があります。それが少子化の現象です。
 では、なぜ、第2第3の少子化が起こっているのかといいますと、これも先程長谷川先生がちょっと話題に出してくださったように、「結婚しない人たちが増えているから」というのが今の我々の認識ですが、最近の研究では、結婚している夫婦からも子どもが生まれにくくなっているという指摘が、90年代以降、徐々に明らかになってきています。
 なぜ結婚しないと出生率が下がるのかということですが、出生率の計算は、簡単にいうと分母が女性で、分子が生まれた子どもの数。もう少し複雑に計算するのですが、そうしますと、女性の中には結婚している人もしていない人も入っている。ですから、結婚した人が平均2人産んだとしても、その分母の方で結婚しない人が増えてくると、そこは0ですから、全体として出生率が下がってくるということになります。これをある計算のしかたに従ってやってみますと、1970年代以降、第2の少子化が起きて以降は、結婚しないことの影響が強く出ているということがわかっています。
 では、どのぐらい結婚していないのかといいますと、報告書の7ページに出ておりますが、女性の未婚率の推移で、1950年から1995年の間です。この中で注目したいのは25〜29歳で、95年、国勢調査でしか取っていませんので、最新の数字がこれなのですが、50%弱ぐらいです。つまり、20代後半の女性の半分は結婚していないという状況になっています。
 20年前までさかのぼって、1975年ですと20%でしかない。全体の5分の1の人だけが結婚していなかった。だから、このころは、20代後半で結婚していない、つまり25を結婚適齢期の限界としますと、そこを超えた人は少数であったわけですが、それから10年たって1985年になりますと30%まで上がりまして、85年から95年の10年間では40%、50%と上がってきたということです。
 私は全然専門ではないので、広告業界の人にいわせますと、ものが普及していくプロセスは、「30%を超えると、皆が持っているという感じを持つ」といわれている。例えばテレビやビデオ、冷蔵庫、洗濯機などですが、30%ぐらいの普及率に達したときは、それが増えていく過程だと、「みんな持っているよ。どこの家にもテレビがあるからうちも買おうよ」という言い方が実感できるというのが30%ぐらいだそうです。
 そういう点でいきますと、1985年ぐらいを境にして、親御さんが「そろそろ結婚したら」と言うと、お嬢さんが「みんな結婚していないわよ」と言っても、それが説得力を持つ状態に入ってきたのが10年ぐらい前だと思うのです。今や半分ですし、それはまだ続いていこうとしていますから、20代後半で結婚しなくて当然。何の心配もいらない。「周りと比較してどうこうという意味では心配いらない」とお子さんが言ったとしても、「まあ、そうね」という感じになってしまうという状況に達している。
 そして、これは、何年ぐらいの生まれからそうなってきたかというと、1960年代半ばぐらいに生まれた人たちからこういう傾向が強くなってきています。1960年生まれというのは、日本で初めて「豊かな社会の中で育った人たち」だと思います。子どものころから豊かな社会であった。そして、20歳ぐらいのころにはバブルの非常に景気のいい時代を経験して、「男女雇用機会均等法」が施行されて働けるようになった。だから、結婚しないでバリバリやってきて、楽しかったしおもしろかったという中で晩婚化が進んできた。そのあとの世代もそういうのを見ながら進んできていますから、特に女性は大学進学率も上がってきていますので、ますます結婚しない方向に来ている。
 では、晩婚化の原因は今申し上げたことだけかということですが、もう少し探ると意外な事実がわかってきます。結婚のかたちですが、10ページにグラフが出ておりますが、見合い結婚と恋愛結婚が大きく変わった。これは非常にわかりやすいグラフで、もともと見合い結婚がほとんどだったのですが、今や見合い結婚は皆無に等しい状況になってきています。世話焼きおばさんがいなくなってしまったという状況にあります。
 では、皆が恋愛できるかというとそのようにはなっていなくて、憧れてはいるけれども、なかなか相手がいない。独身の人を日本全国から抽出して聞きますと、「交際している異性はいない」という割合は、男子で50%にも上る。恋愛結婚をしたいのだけれども、だれとも付き合っていない人が半分いる状況ですし、11ページのグラフで、これも人口問題研究所が調査したものですが、25歳〜34歳の人たちの「なぜ結婚しないのか、なぜ独身なのか」ということの答えは、「適当な相手に巡り会わない」のパーセンテージが一番高いのです。
 ですから、恋愛結婚をしたいけれどもふさわしい相手がなかなかいない。女性の側から見ると、白馬に乗った王子様がやって来ないという状況があります。そのほかにもいろいろな理由があるのですが、結婚について、「自分の好きなようにしていいよ」と、たくさん選択肢があるとなかなか決められないということが一つあると思います。


●今後への影響

 では、こうした少子化の影響はいったいどのように現れるのかですが、1つは、先程申し上げたように、日本の人口が急速に減るような方向に働くだろう。今の人口推計ですと2007年、あと7年たつと日本の人口は減少に向かうとの予測になっています。そして、減少に入りはじめますと、今のような出生水準が続くとかなり急速に人口が減っていって、今1億2600万人ぐらいの人口がいますが、ピークで1億3000万人弱までいきまして、その後そのまま減りつづけると2050年、21世紀の半ばには1億人ぐらいになってしまうだろうという予測があります。もっと減るだろうという見方が、最近は強くあります。
 減るときに何が起きるかというと、高齢化も進むわけです。ただ、気を付けなければいけないことは、「少子高齢化」という言い方をしているので、少子化が進むと高齢化が進むという理解があるのですが、これは必ずしも正しくはない。そういう側面も少しあるのですが、それより、高齢者の絶対数が、例えば2050年まで考えますと、2050年の65歳以上の人は1985以前に生まれている。つまり、もう生まれている人たちがこれから年をとって高齢者になるということで、これから少子化がどう進むかということとはかかわりなく、高齢者の絶対数はほぼ決まっている。これから死亡率はどう推移するか影響を与えますけれども、今非常に日本は、そういう意味では安定した社会で、病気もないし栄養も十分ある、事故も少ないということで、寿命が延びています。ですから、1985年に生まれた人たちは、そうやって順調に今の死亡のパターンで生き延びれば、2020年ぐらいには日本全体で3300万人ぐらいの高齢者がいるという状態になっていきまして、以後2050年ぐらいまで、3200〜3300万人で推移することになります。
 少子化がどう効くのかということになりますと、子どもの生まれ方がどう変化するかで高齢者の人口に占める割合が少し変化するということです。今、国が採用している人口推計でいきますと、2050年には高齢者の割合は32.3%になるのですけれども、もう少し生まれ方が少なくなるだろうとの予測にたつと、35.2%に上がるということなので、そんなに大きな違いではない。むしろ高齢化に関しては、先程申し上げた「兄弟が4〜5人の人たち」というところが、これから2010年代に、高齢期にその中心が入ってくるということによって高齢化が進むということがあります。ですから、高齢化に関しては、ちょっと少子化と分けて見てみる必要もあるだろうと思っています。
 少子化の子どもの数はというと、これも「どんどん減る」というところの「どんどん」をどれくらいに考えるかなのですが、資料の17ページをご覧いただくと、上の方が絶対数のグラフで、下の方がパーセンテージのグラフです。この中で0〜14歳人口というところをご覧いただくと、そんなに極端に下がってはいない。1995年現在で2000万人ですが、2025年に1580万人ぐらいになり、2050年に1310万人ぐらいになるということで、確かに、これから2025年ぐらいまでの間は急速に減るのですが、そのあとはやや横ばい的な動きになる。これは、第2次ベビーブームの人たちが子どもを産むということが影響していまして、特にこれから、少し短期的に今後10年ぐらいを考えると、あまり子どもの数が減らなくて、たぶん瞬間的には子どもの数が増える時期も出てくるでしょう。ですから、例えば、赤ちゃんを対象にする企業の方々はもちろんご存じだと思いますが、これから10年ぐらいは、決して赤ちゃんの絶対数が減ることはないだろうと見ています。
 ただ、日本人の「結婚したら子どもを2人産もう」という考え方が依然として残っていくという前提の中で仮定されたものなので、もし、これが弱まっていくとすると、そうはならない可能性はあります。「子どもは1人でいいよ」とか、「子どもはいなくていいよ」という考え方の人が増えてくるとこういったかたちにはならないで、もしかしたら子どもがもっと減る可能性はあると思います。
 そして、最近のヨーロッパでの議論では、こういう人口の置き換え水準のレベルを下回って出生率が推移している国々、ヨーロッパもそうですが、そういう状態は元に戻るのか戻らないのかという議論がありまして、ヨーロッパの人口学の権威の1人は「これは戻らない」と言っている。
 もしそうだとすると、我々も、もう少し子どもが減っていく社会を考えなければいけなくなるだろうということになりまして、今の推計が、そういう意味でどれくらい今後当たっていくのか。もう少し減っていく可能性も見ておいた方がいいと考えます。「少子化とは何か」ということで、ちょっと時間をオーバーいたしましたけれども、お話しいたしました。どうもご清聴ありがとうございました(拍手)。

このページのTOPへ