219 カペル橋(スイス連邦)

歴史的建造物 公共空間

スイス中央部に位置するルツェルンのカペル橋はヨーロッパで最古の屋根付きの木橋であり、また現存するトラス橋としても世界最古のものである。この橋がルツェルンの宝であるというのは間違いないが、私はルツェルンが有するさらに輝くような宝は、ルツェルンの市民が、それを宝であると強く意識し、それを共有していることだと考える。これこそがルツェルン市を特別なものとし、そこに住む人達にシビック・プライドという帰属意識を持たせる要因になっているのではないだろうか。

カペル橋の基本情報

国/地域
スイス連邦
州/県
ルツェルン州
市町村
ルツェルン市
事業主体
ルツェルン市
事業主体の分類
自治体 
デザイナー、プランナー
N/A
開業年
1365
再開業年
1994

ストーリー

 スイス中央部に位置するルツェルンにあるカペル橋はヨーロッパで最古の屋根付きの木橋であり、また現存するトラス橋としては世界最古のものでもある。ロイス川に斜めになるように架かっていて、そのスパンは205メートルに及ぶ。そもそもは湖側からの攻撃からルツェルンの町を防衛するために設置されたこの橋は、右岸にある市街地と左岸に新たにつくられた市街地とを結んでいた。この橋には17世紀頃にハンス・ハインリッヒ・ヴェーグマンによって描かれたルツェルンの歴史を説明する一連の絵画が飾られていることでも有名であった。
 しかし、1993年8月に火災が起き、橋の大部分と三分の二の絵が焼失してしまう。カペル橋の火災を目撃した市民は「まるで家族の一員が亡くなるようなものだ。これはルツェルンの真の大惨事である」と嘆いたと、当時、地元の新聞LNNは伝えている。ルツェルンの人々は打ちひしがれたが、ルツェルン市役所は、火災の翌日にはそれを再建することを決定し、すぐ取りかかり、さらに将来の火災事故を防ぐための監視カメラも設置した。
 ルツェルンにおいて最重要なランドマークは再建されるべきである、と即断した背景には、これまでも数回、カペル橋は修復、改修されてきたこともあり、オリジナルの状態からは随分と変更されていた事実があった。
 カペル橋を再建させるための調査は火災の翌日には開始された。しかし、現存している資料は橋を再建させるためには不十分であったので、調査担当者は火災前の橋の写真、絵などを収集した。修復不可能なダメージを受けた部分は撤去され、無傷な部分はそのまま修復に使用された。1994年4月には修復が終了した。この再建には4億円ほどかかった。その祝典には世界中からジャーナリストが訪れた。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 スイスのほぼ中央に位置するルツェルン。人口は8万人ちょっとで、これは日本の尺度で考えると小さい地方都市であるが、スイスでは8番目に大きな都市である。ルツェルン湖畔に発展した都市で、観光都市でもある。
 このルツェルンには3つの木造の橋があった。14世紀につくられたホフ橋と、16世紀につくられたスプリュアー橋、そしてこのカペル橋である。ホフ橋は19世紀に壊されてしまったが、これらの3つの橋に共通していたのは、三角形の額に収められた絵が飾られていることであった。このような木造橋はヨーロッパ中でも、このルツェルンにしかなく、ルツェルンの個性をつくるうえで貢献している。
 さらに、カペル橋はこの絵以外にも、八角形のレンガ造りの高さ43メートルにも及ぶ塔がある。この塔はかつて監獄や拷問部屋としても使われていたが、現在は大砲協会の会議室として利用されている。この八角形の塔、そしてロイス川に架かる橋は、ルツェルンの顔となるような都市景観である。
 この橋が火災で大きくダメージを受けた後、ルツェルンはそれを出来る限り、ありのままの形にて修復することを翌日に決定した。あたかも、それ以外の選択肢がないかのような判断であった。燃えない建材を使うことなどを検討することもなかった。もちろん、監視カメラを多く設置したり、火災のダメージを広げることに寄与した蜘蛛の巣を撤去するなどの対策はすることにしたのだが、橋自体は極力、復元するという決断をした。
 それだけカペル橋がルツェルンという都市にとって大切であるということの合意形成が広く図られているのであろう。「都市の鍼治療」の事例215で長崎の眼鏡橋が保存されたことを紹介したが、その保存の是非には多くの議論があったのとは対照的である。
 カペル橋という希有なランドマークがルツェルンの宝であるというのは間違いないが、私はルツェルンが有するさらに輝くような宝は、ルツェルンの市民が、それを宝であると強く意識し、それを共有していることだと考える。これこそがルツェルン市を特別なものとし、そこに住む人達にシビック・プライドという帰属意識を持たせる要因になっているのではないだろうか。

【参考資料】カペル橋のホームページ(https://chapel-bridge.ch/overview/)

類似事例

ベッキオ橋、フィレンツェ(イタリア)
ミレニアム・ブリッジ、ロンドン(イギリス)
ブルックリン・ブリッジ、ニューヨーク(ニューヨーク州、アメリカ合衆国)
アラミリョ橋、セビージャ(スペイン)
ムヘール橋、ブエノスアイレス(アルゼンチン)
カレル橋(プラハ、チェコ)
錦帯橋(岩国市、山口県)
シュプロイヤー橋、ルツェルン(スイス)